陽炎渋滞する車の排気熱と正午の日射に揺れるかげろうを眺めながら、信号が変わるのをじっと待ちわびていた。オイルが劣化しつつあるがゆえ酷くイガイガとしたメカノイズを立てるバイクの放熱フィンから漂う熱気にひとしずくの汗がおち、焼けたエキパイが音を立ててそれを一筋の紫色の煙に変えた。ふと見ると信号機に揺れる蒼の発光体の向こう側で、屹立するビルの群れが口を開け今まさに錆びた色をした飛行機を一つ丸のみしようとしていた。
まるで燃料の枯れた粗大ごみを廃棄しているかのようなその景色を眺めているうち、不意に訪れた静寂の中、茫漠とした僕の意識を一台のタクシーのクラクションが掻き乱した。
男は車窓を開け、僕のヘルメット越しに罵声と舌打ちを浴びせ追い越そうとしているが、僕はその姿をまるで当然でもあるかのように無視して凌辱し、ついでに辺りに存在する秩序という秩序すべてを粉砕してやろうといたずらに努めてみようとしていた。バックミラーを見ると、背後には車の群れが長蛇の列をなして道の流れを停滞させている。真夏の午後だというのに心が氷点を迎えようとしているそのときだった。鏡の中でまだ顔の半分を失ったままでいるもう一人の僕が口を開いてこう言ったのだ。「まだ君を裏切った人たちのことを赦せないでいるのかい。君を裏切った人たちのことを君はまだ赦す気にはなれないでいるのかい」と。僕はその問いかけに対しなぜ二度も同じことを訊くんだと奴をせせら笑ってみせたが、まるで爬虫類の唾液のようにしつこく纏わりつく汗をこれ以上我慢でする気にもなれなかった。流れ出た血を凝固させるには冬の寒さだけではまだ足りるはずもなかった。すべてを凍りつかせる魔法のようなものがもしかする必要なのかもしれないとその時僕は思っていた。
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