お鍋 日曜日の朝早く、ショッピングモールの地下にある古い喫茶店で一人コーヒーを飲んでいた。近くのペットショップにまだ客は誰もおらず、赤色や緑色をしたアロワナが泳いでいる水槽の片隅に、季節外れのカブトムシが一匹まだ生きていて人工的な容器に入れられた樹液にしがみついていた。その姿がまるでつい先般終わったばかりの夏を惜しんでいるかのようで哀れに見えたせいか、ふと目を奪われている内ウォークマンの曲目が変わった。不意に時を止められたのはその曲にある思い出のせいだが、聴こえてくる詩に美しい何かを集めることはできやしないかと、目の前の哀れな存在が蜜を吸うかのように小さなイヤホンに耳を押し当ててみたが、あふれてくるのは涙ばかりでしかなかった。
やがて失ったものの数を得たはずのもので補おうと懸命になりつつも、人は涙を失わない限り悲しみを忘れることはできないのだと心のどこかで気がついてはいた。忘却の彼方に待ち受けているのは無機質な営みでしかなく、その事実が爪を研いで自分を切り刻もうと待ち受けていることに恐怖している。
ピラニアに餌を与えているショップの店員は事の重大性を理解しているのか、飼いならされたそいつを相手にしても、決して水面に指を近づけようなどという過ちは犯さなかった。後ろの水槽では浅く水を敷かれた石の陰から一匹の牛蛙がザリガニの背後に忍び寄り、堅い殻に身を包まれた獲物を歯の無いはずの口腔に黄色い粘液をにじませて食みどうにか咀嚼しようと試みている真っ最中だった。人には言葉があるがゆえ心を相手に伝えることができるはずだが、不可侵の場所にあるその形までを変えることはできないのだろう。灼熱の陽の照射を浴び、言葉の生まれる箇所の隅々までをからからに干からびさせてほしい気分だったが、季節はますます冷気を帯びていき鍋が恋しくなっていく一方であった。

ナナハンパパの押しがけツーリング紀行文&グルメ日誌
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