さて、旅の続きです。経ヶ岬を経て豊岡にあるホテル大丸で一泊。その翌朝のこと。

目指したのはあまるべ鉄橋。余部と書いて、あまるべと読むようですな~

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たぶん、こんな風に海岸線ぞいの峠道を駆け抜けたんだと思うのですが、当方、前日につい調子に乗ってしまい、勢いよく飲みすぎたせいか、この日の朝はやたら気分が悪く、途中で何度もバイクを路肩にとめて胃のムカムカと格闘せねばならない始末でした。

たぶん朝飯も調子にのってばくばく食ったせいもあるのかなもう、ほんとにバイクをここに置き去りにして電車で帰阪せねばならないのかな、っていうぐらいの勢いで気分が悪く、ぐにゃぐにゃの峠道を旋廻しているうちに目がくるくる回りだし、ほとんど船酔い状態に

まぁでも皆様にご迷惑をおかけするわけにも行かないし、せっかく一泊で来たツーリングなんだから満喫したいわで、どうにかこうにかあまるべ鉄橋へと到着いたしました。

バイクを停車し、「道の駅 あまるべ」で一休みというわけです。

しかしな~

当方のバイク用ナビにここが登録されていなかったからとっても不思議に思っているんですけど。ナビが古すぎるのかな

それはさておき

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初めて来ましたあまるべ鉄橋。

まあまあ人がたくさんいる感じでしたね~

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半分解体された鉄橋の横にコンクリートで固められた新しい陸橋が。

余部鉄橋は、JR山陰本線鎧駅と餘部駅の間にかかる高さ41.5m、長さ310.7mの鉄橋で、トレッスル式と呼ばれる鋼材をやぐら状に組み上げた橋脚が特徴。この種の鉄橋では日本一の規模を誇るのだそうな。

確かに見上げるとその高さは圧巻で、写真ではなかなか伝わりにくいかと思うのですが、こんなどでかい建築物を明治時代にやってのけただなど、考えてみると昔の人たちのパワーっていうのは侮れない。

この鉄橋は明治42年(1909年)に着工され、2年半の歳月と約33万円(現在地に現橋梁と同じものを建設する場合の工事費用概算:42億円)の建設費、延べ25万人の労力をかけ、明治45年(1912年)に完成したのだと記録されておりまする。

当時の33万円って、今でいうところのどれくらい万円なんざんしょぅね? っていう話をにゃん塚先生と話していたんですけど、ようやく回答がでました。42億円なんですって。



どっちにしろ想像の追いつく範囲の金額ではありませんな。

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この、巨大な鉄橋がいまだ現存し、今もまだ解体作業の真っ最中だということで名物になっているってことなんですけど、いずれ無くなってしまうんでしょう。

せっかくだから見学しておきたかったんですけど、先述したとおり、当方、この日は午後過ぎまで超ぐろっきー

見学できなかったので、せめて画像だけでもいただきました。

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やるじゃない、この男。

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古いほうの鉄橋の上にまだレールが敷かれている。

そういうことがいいたい写真やんね?

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え、あ、はい。

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人も歩けるようにと側道が。

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当方は道の駅の中にある記念館みたいなところで涼しく休憩。

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鉄道マニアがけっこう集まっていたような雰囲気でした。

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駐車場の日陰スペースでちょびっと昼寝。

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次に目指したのは出石。

もちろん、お目当ては出石そばですね~

よくよく考えたら酒を飲みまくった翌日のお昼にお蕎麦だなんて、にゃん塚先生、そのチョイスGOOD過ぎ


道の駅 あまるべ から、出石を経由し、大阪福島区を目指すルート

S部長はこの日の早朝、午後から知人と阪神戦を見学に甲子園へ行かねばならないとのことで、あまるべにはご一緒されませんでした。

ウィキペディアによれば、
出石蕎麦は、、江戸時代中期の宝永3年(1706年)信濃国上田藩より但馬国出石藩に国替えとなった仙石政明が、蕎麦(信州そば)職人を連れてきたことに始まるとされる。現在は割り子そばの形態をとっており、この形式となったのは幕末の頃で、屋台で供される際に持ち運びが便利な手塩皿(てしょうざら)に蕎麦を盛って提供したことに始まるとされる。昭和30年代(1955年~1964年)に「出石皿そば」として現在見られるスタイルが確立された。
と、あります。
店舗では通常1人前5皿で供されるのが通常のスタイル。1皿に盛られた蕎麦の量は2~3口程度であり、1皿単位での追加注文も可能な店が多い。蕎麦は実を丸引きしており、色は茶褐色である。徳利に入ったダシと、薬味として刻みネギ・おろし大根・おろしワサビ・トロロ・生鶏卵1個などが出される。わさびはおろさずに出てきて客が自分でおろすようになっている場合もある。蕎麦猪口にダシと薬味を好み分入れ蕎麦を浸して食する。以前は出雲割り子そばのように皿に直接ダシと薬味をかけて食していたという。 「挽きたて」「打ちたて」「茹がきたて」の”三たて”が伝統的な信条とされている。

蕎麦を盛る小皿は出石焼で各店舗オリジナルの絵付けがされており、各店の皿を見るのも楽しみ方の一つである。

のだそうな。

小皿のことを手塩皿っていうんですね

宴会中、始終話題になっていた〝のぞき〟っていう醤油皿。じゃあ、取り皿のことをなんていうんでしょうね~っていう風に発展していましたけど、鍋用の取り皿はとんすい。で、お料理の取り皿のことを手塩皿という。新しい豆知識です。

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7人いたけど、お一人蕎麦アレルギーだったゆえ、注文したのは6人前。

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まだかなまだかな~って待っていると、

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どうなってんねんっていうぐらい、テーブルが一杯になってしまってましたね。

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1人前が850円で、1人5皿。ナサ社長とにゃん塚先生はお替りをされておりました。

当方イマム室長は超絶二日酔いはそろそろ治り始めておりましたが、若干ゆとりをもって、3皿だけ食し、残りは笠松氏へ譲渡。佐藤君と半分こしてくだされよ。

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募金のつのりかたとしては、とっても斬新ですよね。このお金は東日本の震災被害者の皆様に贈られるそうです。

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いわゆるひとつの義援金ってやつですね

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なんていうお店に行ったのかきちんと覚えてないんですけど、ともかくとっても由緒ある店だったようです。

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何から何までお世話をおかけいたしております、にゃん塚先生。

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さぁ~、招き猫に見送られここから大阪を目指します。武田城跡を見学しに行く予定でしたが、時間がおしておりました。

天空の城がマチュピチュってるところを観るという試みは、また次回におあづけです。だいいち、早朝にしかお目にかかれないそうですので

途中で一度雨に打たれはしたものの、天気予報をものの見事に裏切るかのような好天の下、ツーリングを堪能させていただきました。

福知山でバナさんとお別れし、兵庫県篠山市安田, 安田西の交差点にあるコンビニでにゃん塚先生および佐藤君とお別れ。

そこからナサ社長先導の下、ふたたび来た道173号線を南下。はらがわた峠をスイスイと下り、帰阪。

ドラマチックなお別れでないのはまた次回、よき機会につながることを皆が予感しているからでございましょう。

それにしても笠松氏。去年の7月に突然狂ったかのようにバイクの免許を取得、直後にSR400を愛機に従えるようになって以来、これで何度目のツーリングかはきちんと数えておりませぬが、ずいぶんと上達され何よりでござります。

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帰宅してすぐに家族サービス。そういえばこの2連休、まるっぽ自分の趣味に使ってしまいました

妻よ子よスミマセヌ~っていうわけで、罪滅ぼしの焼肉。食い放題の安いところですまんが、こうやってご機嫌とっておかにゃぁ、今後のツーリングライフに支障をきたそうものですからね



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